北海道ニセコ。かつてはスキーヤーとスノーボーダーだけが知る、静かな山あいの町でした。
羊蹄山を望むこの土地に、大きな変化が訪れたのは2000年代に入ってからのことです。
今、冬のニセコの中心部を歩くと、聞こえてくる言葉の多くが英語や中国語であることに驚かされます。
メニューは英語表記が基本で、日本語が併記される店の方が珍しいほどです。街を歩く人々の多くはオーストラリアやアジア各国からの旅行者、あるいは長期滞在者です。
そして、地価です。中心部のリゾートエリアでは、坪単価が都心の一等地に匹敵する、あるいはそれを超える水準にまで達しているエリアもあります。
人口わずか数千人規模の町で、なぜこれほどの変化が起きたのでしょうか。この記事では、ニセコが「もう一つの日本」と呼ばれるまでの過程を、外資マネーの参入という視点からたどります。
その始まりから見ていこう。
発見者はオーストラリア人スキーヤーでした
ニセコ変貌の始まりは、2000年前後に遡ります。
オーストラリアのスキーヤーやスノーボーダーたちが、ニセコの雪質に注目し始めたのです。
ニセコの雪は、水分量が少なく非常に軽い「パウダースノー」と呼ばれる極上の雪質で知られています。この雪質は、世界のスキーヤーの間でも屈指の評価を得るものでした。
南半球に位置するオーストラリアは、日本とは季節が逆になります。オーストラリアの夏は日本の冬にあたるため、自国でスキーができないシーズンに、質の高い雪を求めてニセコを訪れるスキーヤーが急増していきました。
口コミやスキー雑誌を通じてこの評判は広がり、やがてオーストラリアから多くの観光客がニセコを訪れるようになります。
観光客から投資家へ
観光客として訪れたオーストラリア人の中から、次第にニセコに不動産を購入する人々が現れ始めます。
自分たちが毎年訪れる別荘として、あるいは他の観光客に貸し出す投資用物件として、コンドミニアムの建設が進んでいきました。
この動きは、2000年代半ば以降、香港やシンガポールをはじめとするアジアの投資家層にも波及していきます。
アジアの富裕層にとって、ニセコは「質の高いパウダースノーが楽しめる、アジアから近い国際的なリゾート地」として認知されるようになりました。
円安の進行も、海外投資家にとってニセコの不動産購入を後押しする要因になりました。同じ予算でも、円建て資産をより多く取得できる状況が続いたためです。
業界の裏側
海外投資家向けの物件情報は、日本語よりも先に英語や中国語で発信されることが珍しくありません。
現地のニセコの不動産会社には、海外の投資家と直接やり取りできる語学力を持ったスタッフが数多く在籍しています。
情報の流通経路そのものが、国内向けとは異なる形で成立しているのが実情です。
ホテルブランドの集積
投資マネーの流入とともに、世界的な高級ホテルブランドの進出も相次ぎました。
国際的に名の知れたラグジュアリーホテルチェーンが、ニセコエリアに次々と施設を開業させています。
これらのブランドの進出は、それ自体がさらなる投資マネーを呼び込む呼び水にもなりました。「世界的ブランドが進出するエリア」というブランドイメージが、不動産価値をさらに押し上げる循環が生まれたのです。
この結果、ニセコの地価は右肩上がりの上昇を続け、国内でも有数の高騰エリアへと変貌を遂げていきました。
今では、ニセコ中心部のコンドミニアムの価格は、東京都心の高級マンションに匹敵する水準にまで達しています。周辺の商業施設や飲食店の家賃も、それに連動して上昇を続けています。
もはやニセコは、日本国内の一観光地としてではなく、世界の富裕層向けリゾート市場の一角として、独自の価格形成メカニズムを持つエリアになったと言えるでしょう。
営業マン視点
ニセコの事例を見ていると、地方の不動産価値は、必ずしも国内の人口動態だけで決まるわけではないということがよく分かります。
世界のどこかで「発見」されたことがきっかけで、まったく違う価格帯の市場が生まれることがある。
これは他の観光地を考えるうえでも、示唆に富む事例だと感じます。
取り残される地元住民
一方で、この急激な変化は、地元に長く住んできた住民にとって、必ずしも歓迎できるものばかりではありませんでした。
地価や物価の高騰は、観光関連ビジネスに携わる人々には恩恵をもたらす一方、それ以外の地元住民の生活コストを押し上げる結果にもなりました。
賃貸物件の家賃も高騰し、地元で働く従業員が、勤務先の近くに住むことすら難しくなるという事態も生じています。
土地の固定資産税評価額の上昇も、地元住民にとっては負担増につながります。先祖代々の土地を持っているだけで、税負担が年々重くなっていくという声も聞かれます。
皮肉なことに、世界的な人気エリアになったことで得られる恩恵と、それによって生じる生活コストの上昇は、必ずしも同じ人々に平等に分配されているわけではないのです。
この「住民が自分の町に住み続けられなくなる」という現象については、次の記事で詳しく取り上げます。
次は、その「住めなくなる」側面を詳しく見ていこう。
まとめ
| 時期 | 出来事 |
|---|---|
| 2000年前後 | オーストラリア人スキーヤーがパウダースノーに注目 |
| 2000年代半ば | コンドミニアム建設が進み、投資用不動産としての需要が拡大 |
| 2000年代後半以降 | 香港・シンガポールなどアジアの投資家層にも波及 |
| 近年 | 国際的ホテルブランドの進出が相次ぎ、地価がさらに上昇 |
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